新春特別企画:その規制は必要ですか?~品質管理と都条例 [2]

カテゴリー: 雑記

新春特別企画として、マンガやアニメの規制を強化する東京都青少年健全育成条例改正についてのエントリを作成しています。前回の続きからスタートしています。

6.正規分布、再び
全体的な管理を見直すために、工場の順調・不調を見極めることは極めて重要です。見極めのためには"ランダムに集めた"、"十分な数"のサンプルを元にしたデータが必要です。これはこれで大変な作業です。本節では、なんとかデータを手に入れたという前提の元、データの評価の仕方について考察してみます。

次のシナリオを考えてみましょう。

あなたはマンガ生産工場の管理者です。工場が作り出した様々なマンガをチェックして、そのエッチさ具合をなんとか数値化することに成功しました。サンプル数は100ほどで、それらは無作為に取り出しています。この状態から、あなたはどのような対応を取るのがよいでしょう?

1. マンガ生産工場は正常であり、何もする必要はない
2. マンガ生産工場のタガが緩んでいる。規制を作るなどのシステム変更が必要

また、そのメリット・デメリットを合わせて記述してみましょう。

あなたは次のようなデータを得ました。
20110104a.jpg

マンガ工場の作り出しているマンガの平均的な「エッチさ」は+2付近にあります。理想的な状態では「0」です。平均値が2というのは、マンガ工場が暴走気味なのでしょうか、それとも特に問題ないのでしょうか?

あなたが手にしたのは1つの平均値です。マンガ工場の生産するマンガの「エッチさ」は正規分布に従います。仮に「マンガ工場は正常である」とすると、+2の位置は下の図のようになります。

20110104b.jpg

マンガ工場が正常であった場合でも、平均値が2になる可能性はあります。でも、あまり高くないようです。

ここで次のように考えてみましょう。『実はマンガ工場はエッチなマンガを描きすぎている』。このとき、マンガ工場が作り出すマンガのエッチさの分布は右へ移動します。
20110104c.jpg
なるほど、この状態なら、平均値が「2」になるのも頷けます。

つまり、このマンガ工場はエッチなものを描きすぎである!……本当でしょうか?

落ち着いて考えてみましょう。「マンガ工場は正常である」場合、平均値が+2になる確率は低いです。しかし、たまたま平均値が+2になることがあります。「マンガ工場がエッチなマンガを描いている」場合、平均値が+2になる可能性は高いです。しかし、必ずそうなるわけでもありません

こうなると、「問題ない」のか、「問題あり」なのかを断定することはできません。これは間違いない事実です。私たちはいくらデータを集めても、確実なことは何一つ言えないのです。しかし、確率論的に物を言うことができます。この場合、「マンガ工場がエッチなマンガを描いている」可能性が高そうです。


7. 全体の調整をするべきか、しないべきか
あなたはマンガ工場管理者として、何らかの決断をしなければなりません。確率論的に物が言えたからといって、あなたの仕事は終わらないのです。このときにカギになるのは、システムを変更したときに何が起きるかを考慮することです。

上の例で、システムを変更した場合と、変更しなかった場合に何が起きるか考えてみましょう。


(a) マンガ工場の生産するマンガはやり過ぎだと判断して、規制する

石橋をたたいて渡るように、危険な可能性があれば潰しておくタイプの考え方です。この決断をした場合、背負うリスクは「本来OKなものに、不要な規制をかける」ことです。規制の影響によって、正常だったマンガ生産工場は狂っていくでしょう。

20110104d.jpg


(b) 今回はたまたま結果が悪かっただけと考えて、何もしない

今あるものを大切にする保守的な考え方です。よほどの不具合がなければそのまま続行するタイプといえます。この決断をした場合、「本来ダメなのだが、何もしなかった」というリスクを背負います。

20110104e.jpg

ここで面白いのは、(a)と(b)でリスクの種類が異なることです。このリスクは二律背反、どちらかを取れば逆が成り立たないという関係にあります。

良かれと思い、危険をできる限り排除していく(つまり、aの戦術を取り続ける)と、マンガ生産工場は適正状態から離れていきます。健全なマンガ工場を目指したつもりが、制限だらけの窮屈な工場になるでしょう。果たして、それは豊かな世界でしょうか?”グラフが左右に無限に広がる”のが、正規分布の特徴です。いくら規制を増やしたところで例外的にエッチなマンガは登場し続けます。危険分子を見つける度に規制を強化するのでしょうか。

逆に、今あるものを大切にしようとして「野放し」を続ける(すなわち、bの戦術を取り続ける)と、歯止めが効きません。気がついたときはマンガ生産工場が「エロマンガ工場」になっているでしょう。自由な環境であるからと言って、何をしてもよいわけではありません。私たちは、自由に値する責任を負うべきです。

この2つの戦術のメリットとデメリットを考え、使い分けていくことが必要です。いずれか一方では、いつか破綻を来します。


8. ベストバランスはどこか?
マンガ生産工場の運営おいて、2つの戦術を使い分ける原則は「平均値の許容範囲内では放置し」、「平均値の許容範囲外では規制する」ことです。平均値の許容範囲をどこに設定するかは微妙な問題です。マンガ生産工場は「表現」の場であることを考慮すると、かなりゆったりした許容範囲を与えることが重要ではないかと(筆者は)考えています。

ゆったりした……という表現は曖昧です。具体的には、正規分布の97%くらいのレンジが、平均値の許容範囲として妥当ではないかと考えます(専門的に言いますと、±3SDの範囲)。この範囲にあれば何もしない、範囲の外に出れば何らかのアクションを取るのがよいでしょう。


9. 理想論
最後は感覚的になりましたが、「何でもかんでも規制」と「とにかく規制反対」のいずれもよろしくないことがご理解いただけたでしょうか?

東京都の条例は、状況の見誤って不要な規制をしたのか、それとも必要なかじ取りなのか。いずれのケースに当てはまるのかはわかりません。何しろ、マンガの適切さを数値化することが難しいのです。更に、十分で、かつランダムなサンプリングもしていません。言うなれば、これまでの説明は机上の空論……もしくは、理屈の世界の話に過ぎません。

しかし、それでも筆者が非常に気にしている事があります。「何か目立つ事例があったから規制しろ」……という風潮が強くないかという点です。

これまでお話したとおり、この考え方には落とし穴があります。
 1. 個別に対応するべき事例を、全体管理で対応すべき根拠にしている
 2. 全体的傾向を評価する方法として適切でない
 3. いくら規制を強化したところで、いずれ外れ値は登場する

・「ひどい一般向けマンガ」があるなら、個別に対応しなければなりません。全体的な対応を考える前に、目の前の課題に取り組むべきです。
・規制推奨派は「こんなマンガがあるのですよ!」と不適切なマンガを並べたてます。その手の雑誌を好んで集めれば、いくらでも事例数を稼ぐことができるでしょう。では、問題のないマンガの数はどれくらいですか?発行部数のどれくらいですか?全体を眺めた時、本当に行きすぎていますか?木を見て森を見ていない……ようではお寒い限りです。
・「子供の目に触れさせたくない」。その心情は分かります。しかし、世界には揺らぎがあります。揺らぎ故に正規分布を示します。どれだけ規制しても、必ず外れ値が発生します。少数の外れ値を防ぐために、どれだけの犠牲を支払うのでしょう?

感情論や感覚的な議論を全て否定するつもりはありません。しかし、統計的な考え方も必要である……と強調したいと思います。 本 当 に そ の 規 制 は 必 要 で す か ?
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